2012年02月01日

三回忌


今日2月1日はピットの三回忌




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時の流れは早いです





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posted by tori at 10:40| 愛知 ☁| Comment(3) | 十兵衛とピット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

もうひとつの物語〜最後の日〜


今日12月28日はお空で迎えるピット16歳の誕生日。


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亡くなってからもう3年経ちました。


当然ですがこのブログは十兵衛メインなので、ピットのことはあまりたくさん書いていませんが、今日は初めてピットが亡くなった時のことを書こうかと。。。

かなり長文なのですが、読んでいただけたら嬉しく思います。



大変多くの方達に応援頂いてたのでご存知の方が多いと思いますが、十兵衛は慢性腎不全と闘い19歳と半年で虹の橋を渡りました。

その闘病は確かに長く辛い日々だったことは間違いないのですが、純血種(ペルシャ)で男の子(未去勢)ということを考えればその年齢は病院にも症例のない驚異的なものであり、病気が原因で亡くなったのではなく大往生。即ち老衰で亡くなったということです。


命には必ず最後があります。


十兵衛はその命の期間を存分に全うし旅立ちました。

ですから、悲しみはもちろんありますが一片の後悔もありません。


ただ、ピットの場合はそれとは違います。


彼は胴長短足であるペキニーズの宿命とも言えるヘルニアを患ってはいましたが、それ以外に病気はなく、特に内臓系に関しては健康そのものでした。

そんなピットですが10歳の時、結石が見つかりました。

その時は手術をしてすぐに元気なピットに戻りました。

最初の手術から3年後、ピット13歳。

再び結石が見つかったため、病院に通いました。

健康状態も悪くなく、体力も十分だったため再び手術で結石を取り除くということになり手術に臨みました。


ボクたちが通っていた病院の院長先生(今でもうちの主治医です)は、遠い他府県からも患者さんが治療にやって来る動物外科の名医であり、全幅の信頼を寄せている先生です。

もちろん今でもその信頼に一切の変わりはなく、手術の内容がどうとか言うつもりの記事ではないことをまず先に言っておきます。


手術は難しいものでなく無事に終了。その後1週間弱の入院。

ここまでは3年前の時とまったく同じです。


そして迎えた退院の日。


先生からは「やっと散歩できますね」と言葉を頂き、元気いっぱいにシッポを振るピットを連れて家に帰りました。

ピットは1週間ぶりの我家が本当に嬉しかったらしく、十兵衛と一緒に家の中を走り回っていました。

1週間ぶりに帰って来たピットに十兵衛も嬉しかったのか、普段ジッとしてるだけの彼も一緒になってはしゃいでいました。


ピットの異変に気付いたのは、夜ごはんも終えテレビを観ていた夜9時半頃。


突然ゼーゼーと身体全体で息をしているような姿のピットがいました。

大慌てのボクたちはすぐに病院に電話しましたが、すでに診療時間は過ぎており電話は留守電へと切り替わりました。

院長先生の自宅は病院の2階であり、今までも留守電を入れた後すぐに連絡をしてくれる先生だったので短くピットの症状を留守電に入れ連絡を待ちましたが、その日に限って待てど暮らせど電話はかかってきませんでした。

このままではいけないと、病院へ向かい(自宅から徒歩5分)呼び出しを鳴らし続けても返事がなく、やむなく遠い名古屋獣医師会の夜間動物救急へ車を走らせました。時間は夜の10時半。

救急に着いた時、ピットはすでにグッタリした状態だったのですぐに処置室で治療が行われました。

酸素室に入ったピットは、今まで苦しそうだった姿が嘘のようにしっかりと立ち上がり、こちらを向いて大きくシッポを振っていました。

先生が言うには、肺から少し雑音が聞こえるけど呼吸困難になるような兆候は見当たらないということで、人間でいう痰が絡んだような状態だったかもとのことでした。ただここでは詳しい検査ができないため念のため明日病院に行って調べてもらって下さいと言われ、しばらく酸素室に入っていたピットを連れて帰路につきました。時間は深夜12時。

帰りの道中、ピットは再び苦しみだし舌をダランとさせたままゼーゼー始まったため、慌ててボクたちはそのまま救急診療へと引き返し、再度酸素室にピットを入れてもらいました。

不思議と酸素室に入るとそれまでの苦しそうな感じがまったくなく、いつも通りの元気そうな姿でした。時間は深夜1時半。

このまま酸素室に入ったままだったらきっと...と今になっては思いますが、救急診療の時間は深夜2時まで。

先生はなぜ呼吸不全のようになるのかわからないと言い、明日朝一番に病院に行って下さい。と言われピットに点滴を施しました。そして救急診療から緊急用の酸素ボンベを借りて帰りました。

家に帰ったボクたちはゲージで臨時の酸素室を作り、寝ずにピットの側に。


そして深夜5時。


ピットがゲージの中で激しく苦しみ出したため、慌てて外に出し直接口に酸素を充てました。

時間にしてほんの数分。


突然プッと鼻血を吹きボクの腕の中でピットの身体から力が抜けていきました。


ボクはグッタリしたピットを抱いて、パジャマと家のスリッパのまま必死で病院へと走りました。


今思えば、2月1日の深夜ですから真冬のことです。


病院に隣接する先生の自宅の呼び鈴を必死に鳴らし、扉を力の限り叩き、大声で「先生助けて!先生助けて!ピットを助けて!」と叫びました。

そして電話もかけ留守電に「ピットを助けて!先生助けて!」と内容はほとんど絶叫でした。

しかし返事はなく、遅れて車でやって来たデコちゃんと他の動物病院に電話をかけまくりました。

幸い電話をかけた2件目でつながり大急ぎでその病院に向かいましたが、時既に遅くピットはボクの腕の中で息絶えていました。


ピットの亡骸を抱いたまま、家に着いたのが朝7時。


呆然としているその時、電話が鳴りました。

ピットの主治医の先生でした。

たまたま昨夜は近所の実家に帰っていたとのことでした。


結局最後までピットのハッキリとした死因はわからず、退院した夜に突然の呼吸不全でピットはこの世を去りました。


先生も原因がわからず電話口で呆然としていました。

今でも、その時のボクからの最後の絶叫した留守電が耳にこびり付いて離れないと言われます。


ピットへのボクの後悔は手術やその晩の出来事でなく、亡くなる前の最後の1週間をひとりで病院で過ごさせてしまったことです。

後悔しても仕方のないことなんですがね。

まぁでも、それが彼の命の期限だったんでしょう。


年末の忙しい時にこんな長文を読んで頂けてありがとうございます。


久々に当時のことを思い出してちょっとしんみりしちゃいました。

今はきっと、仲良しの十兵衛と一緒に空の上で遊び回ってるんでしょうね。



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ピット。



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誕生日おめでとう。





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posted by tori at 15:46| 愛知 ☁| Comment(4) | 十兵衛とピット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする